朝の空気が、やけに重く感じた。
湿った風が、シャツの袖を張りつかせる。
何かが、変わり始めている。
——そんな気がした。
それが良いことなのか、悪いことなのか、じぶんには分からない。
じぶんは、総務の人間だ。
まあ、普通のサラリーマン。
——地味な、というのが正しい表現だろう。
朝はコピー機の紙を補充して、昼は会議室の予約を調整して、夕方は経費精算のチェックをする。
地味な仕事だが、嫌いじゃない。
——ふと、古い記憶が蘇った。
子どもの頃、祖父が営む小さな古本屋で、埃まみれの棚を手伝ったことがある。
店は今にもつぶれそうで、天井には雨漏りの跡が滲んでいた。ページをめくるたび、紙の匂いと時間の粉が舞い上がった。
「お前な、『七生』って言葉、知っとるか?」
祖父は、古びた本をめくりながら、雨音に負けないくらいの低い声で、ぽつりと言った。
「お前な、人間はな、七回生まれ変わるんだとよ。
次こそは、幸せにな。 次こそは、ほどほどにな」
雨漏りの跡をなぞるように、祖父の声がゆっくりと響いた。その声は、古い畳の匂いと混ざって、胸の奥に沈んでいった。
じぶんは、その時は意味が分からなかった。
でも、今なら、分かる気がする。
——記憶は、そこで途切れた。
じぶんの隣のデスクには、営業の男が座っている。
いつも早く来て、遅く帰る。真面目な人だ。
デスクには、家族の写真が飾ってある。奥さんと、小さな娘が二人。
娘たちが笑っている写真を、彼は、時々、じっと見ていた。
じぶんのデスクには、、、何もない。
ある日、彼は、倒れた。 過労、らしい。
救急車が来て、彼は運ばれた。
じぶんは、彼のデスクの片付けを手伝った。総務の仕事だから。
引き出しに、メモがあった。
「責任を果たす」
彼の字だった。几帳面な文字で、何度も書き直した跡がある。その横に、娘が描いた絵が挟まっていた。クレヨンで描かれた、へたくそな絵。
「おとうさん、だいすき」
じぶんは、そのメモと絵を、じっと見た。彼は、家族のために、責任を果たそうとしていた。
でも、倒れるまで働いて、それで、家族は幸せなのか。
じぶんの頭の中で、何かが、カチッと音を立てた。
スイッチが、入った。
——これが、じぶんの癖だ。
気になることがあると、止まらなくなる。
じぶんは、立ち上がった。
冷たい水を一杯だけ飲んで、デスクに戻る。
書類を引き出しにしまい、付箋を一枚だけ残す。
「責任」と書かれた、たった一枚。
椅子に深く座り直し、背もたれに体を預ける。
目を閉じて、深く息を吸う。
そして、ゆっくり吐く。
三回、呼吸を繰り返す。そのたびに、頭の中のざわめきが、少しずつ静かになっていく。
よし。
じぶんは、パソコンの画面を開いた。
その夜、私は、調べ始めた。
「責任」という言葉について。
じぶんのために。
明日、倒れるのは、じぶん自身かもしれないから。
「責任」
——責める、任せる。
本来は、「任された役割を果たす」という意味。しかし、現代では、「失敗したら、責められる」という意味に変わった。
言葉は、いつの間にか、刃に変わる。
そして、一つの歴史的な言葉に辿り着いた。
七生報国。
この言葉は、戦時中のスローガンとして知られている。
しかし、その起源は、もっと古い。
私は、ある人物に注目した。硫黄島の戦い。
昭和二十年。全滅必至の戦場で指揮を執った陸軍中将、栗林忠道。
彼が残した辞世の句。
「仇討たで 野辺には朽ちじ 吾は又 七度生れて 矛を執らむぞ」(※七度生まれ変わっても、戦い続ける。永遠に、矛を執り続ける。)
私は、彼の手紙も読んだ。家族への、最後の手紙。
それは、四十一通にも及ぶ、愛に満ちた書簡だった。
「家に居る時は母や妹達と愉快に話をし、時に冗談の一つも飛ばして家の中を明るくする事が大切である」
軍の最高指揮官が、息子に命じたのは、忠義でも武勇でもなく、家庭の安寧だった。
「たこちゃんは虫歯にはなりませんか?」
私は、胸が詰まった。
彼は、人間だった。
子供の虫歯を心配し、家族が笑って過ごすことを切に願う、普通の父親だった。
それなのに、なぜ。なぜ、彼は最後の電文で「七度生れて 矛を執らむぞ」と誓ったのか。
彼には、選択肢がなかった。「忠誠」という二文字が、彼の思考を、鎖で縛っていた。
「逃げる」という言葉は、彼の辞書から、消されていた。
彼を縛っていたのは、「言葉」だった。
「忠誠」「武士道」「七生報国」
では——今の私たちは、何に縛られているのか?
言葉は、思考を規定する。
思考は、行動を規定する。
そして、言葉が人を死に追いやる。
気づけば、時計は深夜二時を回っていた。
「ほどほどに、しないとな」
じぶんは、コートを羽織って、外に出た。近所のコンビニまで、歩く。
冷たい風が、頭を冷やしていく。過熱した思考が、少しずつ静まっていく。
炭酸水を一本買って、その場で口をつける。
冷たい炭酸が、喉を焼くように通り過ぎる。
——これで、冷静になれる。 たぶん、なれる。
なれたら、いいな。
デスクに戻ったとき、頭は冷えていた。
——じぶんは、さっきまで、何を調べていたんだ。
虫歯を心配する父親。
戦死した将兵の遺族を思う少佐。
我ながら、変わった総務だ。
私は、もう一つの事件を思い出す。
宮城事件。昭和二十年八月十四日。
玉音放送を阻止しようとした、クーデター未遂。首謀者の一人が残した遺書。
「護国の鬼となり、国と共に必ず七生する」
畑中健二少佐。三十三歳。
彼もまた、「七生」を口にした。
彼は、本来、文学を志していた。陸軍士官学校に合格した時、「陸士にはいかない、三高を受験する」と言った。
しかし、町の期待に応え、軍人になった。そして、優秀だった。
「戦死された将兵の遺族に申し訳ない」
これが、彼の口癖だった。
戦争は、明らかに終わっていた。
それなのに、彼は、終戦を受け入れられなかった。
なぜか。
終戦を受け入れることは、戦死した将兵たちの死を「無駄」にすることだった。
ならば、自分も死ぬ。
彼は、言葉の牢獄に、追い詰められていた。
私は、さらに遡る。
楠木正成。建武の新政。南北朝時代。
湊川の戦い。敗北が決定的だった時、弟が尋ねた。
「九界の間に、何か願いはあるか」
正成は、答えた。
「七生までも只同じ人間に生れて、朝敵を滅ぼさばやとこそ存じ候へ」(※七度生まれ変わっても、敵を倒したい。)
しかし、彼は、続けた。
「罪業深き悪念なれども」
「罪業深き悪念」
この一文の、何という重さ。
正成は、自分の願いが、仏の教えに背くことを、知っていた。それなのに、願った。
人間は、そういうものだ。
彼は、人間だった。
聖人ではなかった。
悔しかった——
信じた「道」が、踏みにじられることが。
私は、『太平記』を読み進めた。作者は、この矛盾を、丁寧に描いている。
正成の苦悩を、英雄譚としてではなく、一人の人間の葛藤として。
そして、この矛盾こそが、後の時代に利用された。
「永遠に戦え」という呪縛の言葉として。
私は、さらに問う。
なぜ、正成は、天皇への忠誠を「道」と信じたのか。
それは、神道の教えだった。天皇は、天照大神の子孫。
その命に従うことが、「道」である。
そして、儒教の「忠」が、それを補強した。
主君に尽くすことが、最高の徳である、と。
神道と儒教が、仏教の「七生」と結びついた時、
「七生報国」という、歪んだ言葉が生まれた。
本来、「次こそは幸せに」という希望の言葉が、
「永遠に戦え」という呪縛の言葉に、変わった。
だから、彼は、願った。「次こそは」と。
しかし、彼は、その願いを「罪業」と認識していた。
この矛盾こそが、人間の本質ではないか。
正成は、弱かった。そして、その弱さを、隠さなかった。
私は、「七」という数字の意味を調べる。
仏教における「七」。
四十九日——七日ごとの裁き。
七回の罪の清算を経て、やっと、次の生へ。
そして、私は、驚いた。
この「七生」は、本来、「七度生まれ変わって戦う」という意味では、なかった。
むしろ、正反対だった。
「七回の裁きを経て、やっと、安らかな生を得る」
つまり——
「もう、戦わなくていい」という、解放の言葉だったのだ。
この「七生」の本来の意味は、何だったのか。
それは、「罪の清算」だった。
人は、生きている間に、罪を犯す。
弱さゆえに。
愚かさゆえに。
その罪を、死後、七回の裁きで清算する。
そして、次の生では、より良く生きる。
これが、「七生」の本来の意味だった。
つまり、「七生」とは、「希望」の言葉だった。
次こそは、幸せに。
次こそは、安らかに。
次こそは——ほどほどに。
気づけば、外が明るくなっていた。
じぶんは、時計を見た。
朝の六時。
「マジか、徹夜してた」
でも、答えは見つけた。
じぶんは、この言葉を、声に出してみた。
「ほどほどに」
オフィスに、その言葉が、静かに響いた。
誰もいない、早朝のオフィス。その静寂の中で、この言葉だけが、確かに、生きていた。
喉は渇ききっており、その声はかすれていた。
じぶんの同僚が、倒れるまで働いたのは、なぜか。「責任」という言葉に、縛られていたからだ。この「責任」は、「七生報国」と、構造が同じだ。
「会社のために、永遠に尽くせ」「弱音を吐くな」「倒れるまで頑張れ」
これらの言葉が、じぶんたちを縛っている。そして、じぶんたちは、それを「当然」だと思っている。
じぶんは、違う。選べる。
「ほどほどに」という選択肢が。
そして、じぶんは、気づいた。これは、じぶんだけの問題じゃない。明日、倒れるのは、じぶん自身かもしれない。
じぶんは、同僚のデスクに、付箋を貼った。
「無理するなよ。書類は、みんなで分担するから」
でも、それだけじゃ足りない。じぶんは、上司にメールを書いた。
「お疲れ様です。総務です。 先日の件について、考えていることがあります。もしよろしければ、一度お話しさせてください。 急ぎではありません」
じぶんは、送信する前に、もう一度読み返した。
「ほどほどに」
この言葉を、会社で使ったら、どう思われるだろう。
「やる気がない」「甘い」「逃げている」
そう言われるかもしれない。
でも、じぶんは、この言葉を、守りたい。
なぜなら、この言葉こそが、じぶんたちを、呪縛から解放する、数少ない言霊だから。
送信。
送信ボタンを押したあと、手を膝の上に置いた。
これで、よかったのだろうか。
じぶんは立ち上がり、洗面所へ向かった。冷たい水で顔を洗いながら、ふと思った。
「次こそは幸せに」——
この言葉は、美しい。
でも、それは同時に、「今は幸せじゃない」と言っているのと同じじゃないか。
同僚は、今を生きている。
今、苦しんでいる。
「次」を語ることで、「今」を否定してしまったんじゃないか。
鏡に映った自分の顔を、じっと見る。
答えは、まだわからない。
でも——
オフィスに戻ると、窓の外から朝の光が差し込んでいた。湿った風は、止んでいた。
空気が、澄んでいる。
まるで、雨上がりのように。
何かが、確かに、変わった。
その静けさの中で、じぶんは確かに、生まれ変わった気がした。
見つけたら、動く。調べたら、伝える。
知ったなら、変える。
小さな一歩だ。
——本当に小さい。
誰も気づかないくらい、小さい。
けれど、その一歩が、誰かの『七生目』を、静かに照らしていく。
——照らすかどうかは、わからないけど。
じぶんの人生こそ、未来への言霊だ。
——そう信じたい。
(完)
