※この物語は、「私」と「公」のバランスについて書きました。
約4500字ありますので少し長いですが、答えは出ません。
ただ、揺れながら進んでいく物語です。
朝の光は差し込んでいるのに、空気が重く澱んでいた。デスクの上には、昨日と同じ書類が並んでいる。誰かが決めた優先順位で。
働くことが、いつの間にか「生きること」より重くなっていた。今日も、同じ一日が始まる。
そのとき、ふと、古い記憶が蘇った。
子どもの頃、祖父が営む小さな古本屋で、埃まみれの棚を手伝ったことがある。店は今にもつぶれそうで、天井には雨漏りの跡が滲んでいた。ページをめくるたび、紙の匂いと時間の粉が舞い上がった。
祖父は、茶色く焼けた帳簿に万年筆で文字を刻みながら、ぽつりと言った。「お前な、”滅私奉公”って言葉、知っとるか?」
雨漏りの跡をなぞるように、祖父の声がゆっくりと響いた。
「”私”ばかりが強くなると、”公”が壊れる。でもな——」
祖父は、焼けた帳簿を撫でながら、続けた。
「”公”が”私”を殺しても、いかん」
その声は、古い畳の匂いと混ざって、胸の奥に沈んでいった。でも、当時のじぶんには、その意味が分からなかった。
今になって、あの言葉がやけに胸に残っている。働くことが息苦しいと感じるたびに、あの声が、ふっと蘇る。
記憶は、そこで途切れた。
じぶんは、総務の人間だ。普通のサラリーマン。
いや、普通以下かもしれない。
今日の仕事は、役員室用のコーヒーを、誰にも気づかれないように最も静かに淹れ、会議の席順を力関係に合わせてそっと直し、メールの文面から「角の立つ言葉」を一つずつ消していく。地味な仕事だが、嫌いじゃない。
この春、新人が入ってきた。営業部に配属された、二十三、四の青年。デスクは斜め前。時々、目が合う。いつも緊張している。肩に力が入りすぎている。
彼は、朝一番に来て、誰よりも遅く帰る。上司が帰るまで、じっと席に座っている。時々、自分のデスクをちらりと見て、また仕事に戻る。
その視線には、何かが宿っていた。恐怖か、誇りか。あるいは、その両方か。
誰も頼んでいないのに、毎日深夜まで残業し、自分の昼食を削ってまで上司の雑用を完璧にこなそうとする。
不思議なことに、会社はこういう人を評価したくなる。「頑張っている」「期待できる」「真面目だ」と。
でも、じぶんには、そう見えなかった。彼は、何かに追われている。誰かの言葉に、縛られている。
——それを「美しい」と呼ぶのだろうか。
一週間が経った。彼の目の下に、深いクマができていた。
「大丈夫? ほどほどにな」
そう声をかけたが、彼は笑って言った。
「会社に尽くすのは当然ですから」
その笑顔は、疲労と、何かに怯えるような影を帯びていた。
金曜日、トイレの奥で嘔吐する音が聞こえた。冷たいタイルの上で、音が跳ねた。
その瞬間、じぶんの頭の中で、何かがカチッと音を立てた。
祖父の声が、胸の奥で鳴った。
「”公”が”私”を殺しても、いかん」
やめとけばいいのに。
そう思いながら、足が、自分のデスクに向かっている。
立ち上がる。
冷たい水を一杯だけ飲んで、デスクに戻る。
書類を引き出しにしまい、付箋を一枚だけ残す。
「滅私」と書かれた、たった一枚。
椅子に深く座り直し、背もたれに体を預ける。
目を閉じて、深く息を吸う。
そして、ゆっくり吐く。三回、呼吸を繰り返す。
そのたびに、頭の中のざわめきが、少しずつ静かになっていく。
その夜、私は、調べ始めた。
「滅私奉公」という言葉について。
私を滅ぼして、公に奉仕する。この言葉の起源は、どこにあるのか。
辿り着いたのは、江戸時代後期の農政家、二宮尊徳。
彼の残した「報徳思想」。
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」
厳格な教えの中に、こんな一節があった。
「されど、私をすべて捨てよとは言わぬ。適度に私を保ち、公に尽くす。これが、人の道である」
ページを閉じた指先が、かすかに震えた。
私を滅ぼせ、と言われ続けてきた。
そして、じぶんも、そう信じてきた。
でも、違った。
ふと、手元の古書から、小さな虫が這い出てきた。紙の隙間に潜んでいたのだろう。じぶんは、そっと窓を開けて、逃がした。
「適度に」、、、その難しさ。
救いは、すでに言葉の中にあった。
彼が説いたのは「私をすべて捨てよ」という「滅私」ではなかった。「適度に私を保ち、公に尽くす」という「適私」こそが、彼の核心だった。
報徳思想の源流をたどる『報徳記』には、次のように記されていた。
「滅私とは、私を殺すことにあらず。 私を正しく用いることなり。 人、私あるがゆえに生きる。 私なくば、ただの人形なり」
つまり、「滅私奉公」とは、「自分を大切にして、初めて他者を大切にできる」という、調和の言葉だったのだ。
それなのに、なぜ、「私を滅ぼせ」という言葉が、彼の名のもとに広まったのか。
気づけば、時計は深夜二時を回っていた。「ほどほどに」が、じぶんの哲学なのに。我ながら、説得力がない。
コートを羽織って、外に出る。夜の闇が、深く、窓の外を覆っていた。近所のコンビニまで、歩く。冷たい風が、頭を冷やしていく。
過熱した思考が、少しずつ静まっていく。炭酸水を一本買って、その場で口をつける。 冷たい炭酸が、喉を焼くように通り過ぎる。
デスクに戻ったとき、頭は冷えていた。
次に思い出したのは、明治の軍人、乃木希典。
日露戦争のあと、明治天皇の崩御の日に殉死した人物だ。
遺書には、こうあった。
「私は、陛下の御後を追う」
なぜ、彼は、死んだのか。
日記には、こう書かれていた。
「私は、多くの兵を死なせた。その罪を、償わねばならぬ」
彼は、「私」を感じていた。罪悪感、責任感、兵士たちへの愛情。それなのに、その「私」を殺した。「公」が、「私」を上回ったからだ。
「忠義」「武士道」「滅私奉公」という言葉が、彼の感情のすべてを覆い隠した。乃木の生涯を読むたび、胸が詰まる。彼は「忠義」という言葉にすべてを預け、それでもなお、夜ごと「私」を悔いていた。
その孤独は、どこかで自分と重なった。「公」のために働きながら、「私」を見失っていく感覚。言葉は、時に権力の手で、形を変えられる。
乃木は忠義の中で孤独だった。
「私と公の調和」は、いつの間にか「私の否定」にすり替えられていた。その言葉が、乃木を、そして無数の若者を、死へと追いやった。
さらに問う。
なぜ、「公」が「私」を上回るのか。
それは、儒教の教えに起因する。
「修身斉家治国平天下」
本来は、「私」(修身)から始まる。自分を大切にして、初めて、「公」(治国平天下)に尽くせる。
仏教の「自利利他」も、自分を利することと他人を利することは、同じだと説く。本来、「私」と「公」は、対立しない。調和する。
それなのに、なぜ、「滅私奉公」という言葉が生まれたのか。
語義の変遷。
儒教・仏教における「私と公」の調和は、やがて二宮尊徳の「適私」に変わった。しかし、後世の解釈が「私利私欲を捨てよ」と曲解した。
そして、軍事国家における「滅私奉公」は、「私の完全な否定」になった。
個人の死。公への絶対服従。
この歪曲は、終わったのか。いや、終わっていない。
トイレで嘔吐し、壊れかけている彼の姿が、何よりの証だ。現代の「滅私奉公」という言葉に、まだ縛られている。
「会社のために、私を殺せ」
「自分のことは後回しにしろ」
「休むのは甘えだ」
それらを言われ続けた私たちは、いつから正しさの形を他人に委ねてしまったのだろう。
耳にこびりついた、親や世間からの刷り込み教育。言葉が、執着となり、やがて鎖を生む。
それらの言葉が、私たちを縛っている。そして、私たちは、それを「当然」だと思っている。
気づけば、外が明るくなっていた。時計は朝の六時。
また、やってしまった。でも、答えは見つけた。 答え、というほど大げさなものじゃないけど。
立ち上がる。
窓を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
朝の光が、やけに眩しかった。
シャワーを浴びて、そのまま出社した。
その日、給湯室で自分のためだけにコーヒーを一杯淹れ、付箋を一枚だけ残す。
「無理すんな。生きるのは、ほどほどでいい」
我ながら、偉そうだな。
じぶん自身が、徹夜してるのに。
でも、まあ、いいか。矛盾した人間でも、何かを伝えることは、できる。
夕方。彼はまだ残業しようとしていた。
「今日、飲みに行かない?」
「え、でも、仕事が…」
「いいから。たまには、ほどほどに」
居酒屋で、彼は静かに言った。
「親が、地方の伝統職人で。若いころは奉公制度みたいな職場だったそうです。『休むな、耐えろ、尽くせ』って」
彼は、グラスを見つめた。
「父は、最後まで、文句を言わなかった。倒れる直前まで、仕事してた。 俺、父みたいに、ならなきゃって」
彼の声が、わずかに震えた。
「でも、父、幸せだったのかな」
じぶんは、ビールを一口飲んだ。
「……滅私奉公、って知ってる?」
「いえ」
「昔、祖父に教わった言葉でさ。私を滅ぼして、公に尽くせ、って意味らしい」
彼は黙って聞いていた。
「でも、調べたら、元々は違ったんだよ。『適度に私を保って、公に尽くす』。それが本来の意味だった」
「……適度に」
「そう。適度に」
じぶんは、グラスを見つめた。
「でもさ、適度って、どれくらいなんだろうな」
彼は、答えなかった。じぶんも、答えを持っていなかった。
ただ、二人で黙って、ビールを飲んだ。
しばらくして、彼が言った。
「…でも、やめたくはないんです。ちゃんと、やりたい」
じぶんは、笑った。
「なら、ほどほどにな」
「……ほどほどに」
彼も、少し笑った。
二つのグラスが、静かに触れ合った。
答えは、出なかった。でも、何かが、少し軽くなった気がした。
翌週。
彼は週に二回、定時で帰るようになった。
顔から、少しだけ疲れが消えた。
でも、三週間後。
また、深夜まで残っている日があった。じぶんは、声をかけなかった。
人は、すぐには変われない。揺れる。戻る。また進む。
それでいい。
彼のデスクの隅には、まだあの付箋が貼られていた。
「滅私」の「滅」に線を引いて、「適私」に書き換えられた一枚。
夕陽が、その文字をやさしく照らしていた。
その字は、まだ少し震えていた。
これは、救いじゃない。彼は、まだ揺れている。じぶんも、まだ揺れている。「適私」という言葉を知っても、「適度」が何かは、分からない。
でも、、祖父の声が、胸の奥で鳴った。
「”公”が”私”を殺しても、いかん」
ふと、古本屋の埃の匂いがした気がした。雨漏りの跡。焼けた帳簿。祖父の万年筆。
滅私も、適私も、ほどほどに。私を適度に保つ、その揺らぎの中で、生きていく。答えなんて、ない。ただ、揺れながら、進んでいく。
それでいいんだと、思った。
オフィスの空気が、少しだけ温かく感じた。窓の外を見ると、朝の光が差し込んでいた。
伝えて、聞く。揺れて、進む。
小さな一歩だ。本当に小さい。誰も気づかないくらい、小さい。
けれど、その一歩が、誰かの『揺らぎ』を、静かに照らしていく。
照らすかどうかは、わからないけど。
じぶんの人生こそ、未来への言霊だ。
そう信じたい。
(完)
