【ショート・ショート】我慢シリーズ|我慢を捨てた日

5時半のアラームが鳴る。また今日も。

まだ暗い部屋で、私は目を開ける前から今日一日の流れが見えている。お弁当をつくり、幼稚園へ息子を預け、急いで会社に向かう。

同僚よりも2時間早く帰宅して息子を迎えにいき、スーパーで食材を選び、夜ご飯をつくる。お風呂に入れ、絵本を読み、寝かしつける。

同じ日が、またひとつ過ぎていく。

毎日が、まるで巨大な歯車に挟まれて回転しているように、止まることも逃げることもできずに、同じリズムで刻まれていきます。

考える時間などありません。肩が重く、足が棒のように。息をするのも忘れそうになる。

そしてまた、息子を寝かしつける時間がやってきました。

その夜、私は息子の寝顔をただ見つめていました。時計の秒針が刻む音だけが、静寂を破っていました。

一分、二分、三分…十分間、ただ見つめ続けていました。

なぜこんなにも長い時間、じっと見ていたのでしょう。まるで、失くしてしまった何かを探すように。

息子の顔を見て、涙が頬を伝いました。その温かさに驚いて、指で触れてみる。愛しくて、でも苦しくて。

いったい、私は何に怒っていたのだろう、と。

私はもう限界を超えていました。鏡の前で、息を殺しながら嘘を重ねる朝が続いていました。

ファンデーションが頬に沈んでいく度に、まるで息ができなくなるような圧迫感が胸を締め付けます。まるで魂を、一枚また一枚と、白い嘘で塗り潰していくかのようです。

手の震えが止まりませんでした。

もう半年もの間、この作り笑いを続けています。鏡の中の自分が憎らしくて、でも逃げられない。鏡に映る顔は、もはや私ではありませんでした。

誰か知らない人の、今日一日を生き抜くために作られた、偽りの仮面です。

私が苦しいのは、すべて周りのせいです。

会議で同僚ばかりが評価されるのは上司の贔屓があるからだ。重要なプロジェクトのリーダーも、海外出張も、昇進も、すべて彼女。

私だって同じように、いや、それ以上に頑張っているのに。早退して息子を迎えに行く私の姿を、彼女はどんな目で見ていたのだろう。

「ワーキングマザーって大変ですね」

その同情めいた言葉の裏に、何が隠れていたのか。

私は知っている。いや、知りたくなかった。努力が足りないと思われている。

中途半端だと。なんて理不尽な。私にだってプライドがある。

夫が去っていったのは彼が私を理解してくれなかったからだ。好きなことをして、飲みに行ってばかり。家庭の事など二の次にしていたくせに。

リモート会議中に息子が部屋に入ってきた時、画面越しの冷たい視線。

「君といると疲れる」だって?こっちが疲れてるんだよ。

私の必死さを、私の頑張りを、私の痛みを、全然分かってくれない。分かろうともしてくれなかった。私はあなたを許せない。許したくない。

親友がLINEを返してくれないのも彼女が忙しくて私の気持ちを察してくれないから。最近、彼女との会話がぎこちない。

電話の向こうで聞こえる、いつもとは違う間の取り方。妙に明るい声。何か隠しているような気がする。

既読スルーが三日続いた時、私は知っていた。何かが変わってしまったことを。でも見ないふりをした。「忙しいんだよね」と自分に言い聞かせた。

考えたくなかった。

私はこんなに友情を大切にしているのに。こんなに信じていたのに。

私が、私が、私にだって、私、私、私、、、
私は頑張っている。私は正しい。私は愛している。私は、私は、私は…

でも、疲れた…本当に疲れた。弱い自分が恥ずかしくて、それを隠すために、ずっと戦い続けていたのかもしれません。

私から、大切な人たちが去っていきました。最後に残ったのは、逃げることのできない息子だけでした。

そして今夜、私は息子の寝顔を見つめています。
息子の穏やかな寝息が部屋の静寂に溶けていきます。

小さな鼻がわずかに動く。眉毛の一本一本まで見える。頬を撫でる髪の毛の絹のような柔らかさ。長いまつ毛が頬に影を落としている。

時計の針は確実に進んでいるのに、私の中では時が止まっていました。まるで世界中の音が消え、この瞬間だけが永遠に続くかのように。

この子は、私のすべての嘘を知らない。

私のすべての醜さを知らない。

ただ、無条件に私を愛してくれている。

でも──心の奥で、小さな声が囁きました。

本当にそうでしょうか。

私は混乱しました。なぜ今、こんな疑問が?頭の中がぐるぐると回って、何が正しいのか分からなくなりました。


その問いかけが、まるで静寂の水面に落ちた小石のように、私の心に波紋を広げていきました。

息子が小さく寝返りを打ちます。その無防備な寝顔を見ていると、ふと思い出しました。

私も子供の頃、こんな風に無防備に眠っていたのだろうか、と。母の前で、何の仮面もかぶらずに。

そして気づきました。この子は、私が疲れていても、不完全でも、泣いていても、ただそばにいてくれる。

でも私は?私は完璧な母親を演じ続けている。この子の前でさえも。

なぜ、こんなにも偽りの自分にしがみついているのだろう。なぜ、手放すことができないのだろう。

少しずつ、少しずつ、記憶の断片が浮かび上がってきます。

実際のところ、私は完璧でありたかっただけだったのかもしれません。

認められたかっただけです。

愛されたかっただけです。

そして、それが叶わない時、相手を責めることで自分を守っていただけでした。

息子の無邪気な顔を見ていると、胸が締め付けられるような気づきが押し寄せました。

私は、この子にも同じことをしていたのです。私は深く息を吸い、ゆっくりと吐きました。

四秒かけて吸って、四秒止めて、八秒かけて吐く。母から教わった、昔の記憶。

「辛い時はね、息を整えるのよ」。

一つ、二つ、三つ…十まで数えた時、何かが変わっていました。

肩に食い込んでいた見えない重しが、ひとつずつ外れていく。胸を締め付けていた紐が、少しずつ緩んでいく。

そして、心の奥深くから、何かが浮かび上がろうとしていました。でも、それが何なのか、まだはっきりしません。

もやもやとした感情。答えのない苦しさ。そして、何かにしがみついている自分。手放したくない何か。いや、手放すのが怖い何か。

私は何にしがみついているのだろう。

手のひらを開いてみる。何も握っていない。でも、指は硬く曲がったまま。まるで長い間、何かを強く握りしめていたかのように。

完璧な母親像。理想の自分。周りからの評価。認められること。

ああ、そうか。私はそれらを、必死に掴もうとしていたのです。掴めないものを、掴めないと分かっているのに、それでも掴もうとして。爪を立てて。血が出るほどに。

そして掴めない度に、周りのせいにしていました

ママ友が悪い。同僚が悪い。

元夫が悪い。親友が悪い。社会が悪い。

でも本当は?

本当は、手放すのが怖かっただけ。この理想を手放したら、私には何も残らないような気がして。

この怒りを手放したら、私は何を支えに生きていけばいいのか分からなくて。手放したくない何か。いや、手放すのが怖い何か。

その「何か」の正体が、ようやく見えてきました。

「執着」

──その言葉が、まるで霧の中から浮かび上がる灯台の光のように、心に響きました。

執着?私が?

最初は否定したくなりました。でも指先の痺れが、そうだと囁いています。肩の重さが、そうだと告げています。胸の苦しさが、そうだと叫んでいます。

私は執着していたのです。

完璧でなければならないという思い込みに。認められなければ価値がないという恐怖に。愛されるためには完璧でいなければならないという呪いに。

そしてその執着が、私を縛り付けていました。

自由を奪い、息を奪い、笑顔を奪っていました。

バラバラだった記憶の欠片が、少しずつひとつの絵を描き始めています。すべてが繋がっていく。私の怒りも、苦しみも、疲れも、すべてこの執着から生まれていたのだと。

認められない自分に。愛されない自分に。完璧になれない自分に。そして、その怒りを周りの人たちにぶつけていただけでした。

私は心の中で、自分に向かって囁いてみました。「もういいよ。私のこだわりは、よくわかったよ。頑張ったね」

でも、それだけでは足りない気がしました。まだ何かが残っている。まだ何かが痛んでいる。

「私は…私は何を我慢していたんだろう」

そう自分に問いかけた時、胸の奥から声なき声が返ってきました。

「完璧でない自分を、受け入れられなかった」
「弱い自分を、許せなかった」
「人に頼ることを、できなかった」

ああ、そうだったのです。私は弱い自分を、ずっと押し殺していたのです。弱さを持った自分を隠すために、ずっと嘘をつき続けていた。その重荷が、私を締め付けていたのです。

「でも、もう我慢しなくてもいいのかもしれない」

そう思った瞬間、涙があふれました。今度は怒りの涙ではなく、安堵の涙でした。

息子の寝顔を見つめながら、私は静かに続けました。

「この子は、私が弱くても愛してくれる。私が完璧じゃなくても、ここにいてくれる。なら、もう我慢することはないのかもしれない」

もちろん、これで全てが解決したわけではありません。明日もまた歯車は回り続けるでしょう。私も相変わらず未熟なままでしょう。

でも、少しだけ違うのです。

私は弱いままで、いいのかもしれない。
完璧でないままで、いいのかもしれない。

我慢を捨てた日。

それは、完璧でいなければならないという呪縛を解いて、不完全な自分のままで愛されることを信じることにした日。

そして私は、指の震えが止まったのを確かめてから、二つの連絡先を消しました。

私の我慢と一緒に。

あの日、カフェで二人を見かけた時から、私は薄々知っていました。親友と元夫が一緒にいるのを。

でも見て見ぬふりをしていた。何も知らないふりを続けていた。それが、私の最大の我慢だったのかもしれません。

真実を知ることから逃げていた。怒ることを許さなかった。傷つくことを恐れていた。そして、裏切られた自分を受け入れることができなかった。

でも、もういいのです。

彼らも弱い人間だった。私と同じように、過ちを犯してしまう、傷つきやすい人間だった。

これも、きっと独りよがりなのでしょう。

勝手に納得して、勝手に許して。

でも、そんな独りよがりでも、いいのかもしれません。

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